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キャロライン・リーチの研究および「キャロル神話」

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ルイス・キャロル(ドジソン)の性的傾向に関する新たな分析は、キャロルの伝記の変遷についての研究を含む、キャロライン・リーチの『In the Shadow of the Dreamchild』(1999年)の中で現れた。リーチはドジソンが少女愛者であるとする主張は、ドジソンが成人女性に興味を持たなかったという伝記作家による誤まった見解と共に、ヴィクトリア期の倫理観に対する無理解から生まれたものであると主張している。リーチはこの単純化された架空のドジソン像を、「キャロル神話」と命名した。

キャロライン・リーチの研究および「キャロル神話」

  

リーチの述べるところによれば、一次資料を参照する限りでは実際のドジソンの生活は巷間に受け入れられている伝記中のイメージとは全く異なるものであった。現実のドジソンは大人の女性に対しても強い関心を抱いており、既婚や独身の多くの女性との交際を楽しんでいた。これらの女性の多くは、成人後もドジソンとの良好な関係を続けていた「子供友達」であったが(これにより、ドジソンが14歳以上の女性に興味を持たなかったとする説は完全に論破されてしまった)、キャサリン・ロイド、コンスタンス・バーチ、エディス・シュート、ガートルード・トムソンらの女性は成人してからドジソンと出会い、親密な友情を築き上げている。当時の大学教員は教会の聖職者の扱いであり、子供と親しいことよりも、大人の女性と親しいことがスキャンダルとなった。ドジソンの遺族らが故人の評判に配慮して、前述の成人女性との交際のあらゆる記録を長年にわたり隠匿したことから、ドジソンは子供にしか興味を持たなかったという誤まったイメージが生まれた。その結果、ドジソンは少女愛者だったという主張が広まった。このリーチの主張は、いくつかの古典的なドジソン少女者説を否定するのに貢献した。

リーチの主張は以下の通りである。ドジソンの社会的な不名誉は、子供のヌードモデルの使用よりも、むしろ年長のモデルに対する水着や慎みに欠ける衣装の着用の要望により引き起こされたものである。これらの露出度の高い衣装を着用した年長のモデルの写真がすべて破棄されたために、少女の写真だけが批評の対象として残された、という。

『Victorian Studies』(Vol.43, No.4)での批評 において、ドナルド・ラッキンは、「一個の学術的研究として、キャロライン・リーチの『In the Shadow of the Dreamchild』を真剣に受け止めることは困難である」と評している。In the Shadow of the Dreamchildにおいてキャロライン・リーチの唱えた説は、大きく二つに分かれる。一つは、キャロルの少女愛者像を否定するもので、もう一つはリデル学寮長夫人とキャロルが一種の愛人関係にあったというものである。後者の愛人説は反論も多く、まともな学説として受け入れられている状態であるとはいいにくい。しかし前者の小児性愛者でなかったという前提そのものは、エドワード・ウェイクリングやダグラス・R・ニッケルなどの多くの研究家に支持されている。2003年10月にレンヌで行われた、第二回国際ルイス・キャロル会議では、キャロルの「少女愛者」像は、はっきり「神話である」と扱われている。

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