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カロタイプ
カロタイプでは、紙に塩化銀を塗布し、中間的な陰画(ネガ)を取るのに使い、ここから別の感光紙に密着焼付けを行い陽画(ポジ)を得る方式をとっていた。繊維のある紙を使うため、金属板を使うダゲレオタイプとは異なり鮮明さでは劣ったが、カロタイプの陰画は陽画を焼くのに何度でも使えて複製が作れるというダゲレオタイプにはない利点があった。
カロタイプイギリスの貴族、ウィリアム・フォックス・タルボットは、イタリアへの休暇旅行でスケッチの際にカメラ・ルシダを使ったことからこれに興味を持つようになり、もっと手軽なスケッチの手段として画像を定着させる研究をはじめた。ダゲールに先んじる1835年頃、カメラの画像から、黒白の反転した陰画を銀方式で固定する手段を発見していたが、これを秘密にしたまま途中で放棄しており、数学など別な研究を進めていた。しかしダゲールの発明を知ったタルボットは奮起し、彼の方式を改良し、人物の写真が撮れるぐらい短時間で撮れるようにした。 1840年までにタルボットは、ジョン・ハーシェルら多くの科学者の協力を得てカロタイプ方式を発明していた。カロタイプでは、紙に塩化銀を塗布し、中間的な陰画(ネガ)を取るのに使い、ここから別の感光紙に密着焼付けを行い陽画(ポジ)を得る方式をとっていた。繊維のある紙を使うため、金属板を使うダゲレオタイプとは異なり鮮明さでは劣ったが、カロタイプの陰画は陽画を焼くのに何度でも使えて複製が作れるというダゲレオタイプにはない利点があった。1843年には彼は写真工房を作り、複製能力を生かした写真集の出版を開始した。1844年に出版した『自然の鉛筆(Pencil of Nature)』は特に有名である。この『自然の鉛筆』は世界最古の写真集とされている。 タルボットはこの方式を特許としたので、その利用は大きく制限された。コロジオン法などに対しても特許侵害だと主張した。彼は残りの人生を写真家たちを相手に特許を守る裁判に費やしたが、敗訴に失望して最後には特許を放棄した。しかしカロタイプの技術はフランスなどで改良され、1850年代よりフランス政府により自然、建築、産業、災害、遺跡などの記録を残すプロジェクトが始まり、フランス国内外の多くの風景が記録された。また、後にアメリカのジョージ・イーストマンはタルボットの方式を改良し、これが今日の化学フィルムカメラで用いられる基本技術になっている。 「Wikipediaより出典 - Article - History - License: GFDL」
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