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ダゲレオタイプ

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ニエプスと、パリで舞台背景画家・パノラマ画家・ジオラマ作家として成功していたルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは1829年以降協力して、既存の銀方式を改良した。

ダゲレオタイプ

  

シャロン・シュル・ソーヌに住むニエプスと、パリで舞台背景画家・パノラマ画家・ジオラマ作家として成功していたルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは1829年以降協力して、既存の銀方式を改良した。

1833年、ニエプスは脳卒中で死んだが、彼のノートはダゲールに遺された。ダゲールには科学の素養は無かったが、元々だまし絵作家であった彼には本物そっくりの画像を作り出したいという願望があった。彼は化学の研究を進め、二つの重要な貢献を残した。まず銀をヨウ素蒸気に曝露し、それから光に露出し、その後水銀の蒸気に当てることにより、隠れた画像を作ることができることを発見した。これが潜像であり、露光時間の短縮に役立った。また、こうしてできた板を塩水に漬けると像を固定でき、それ以上光に晒しても変化を起こらなくさせることに成功した。

1839年、ダゲールは銅版にハロゲン化銀を乗せた方式を発明し、これをダゲレオタイプ(銀板写真)と呼んだ。これはニエプスの考えたように複製を無数に作ることはできず一枚限りのものだったが、これに似た方式は、今日でもポラロイドで使われている。ダゲレオタイプは1839年のフランス化学・芸術アカデミー席上で発表され、世界にセンセーションを起こした。フランス政府はこの特許を買い上げ、直ちにパブリックドメインにした。やがて多くの技術者達が改良を急速に進めていった。また、1840年代にはダゲレオタイプ熱が吹き荒れ肖像写真ブームが起きた。 

→ダゲレオタイプについて

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